志村けんさんご逝去

志村けんさんがお亡くなりになりました。

我々が特に小学生の時に笑いと、月曜日の話題を多くいただきました。
荒井注さんも知る世代としては、やはり「東村山音頭」でしょうか。
心よりご冥福を申し上げます。

今朝、母(78歳)が「志村けんも、コロウイルスでお亡くなりになったね。」
と一言。
一字抜けただけで何十倍も恐ろしいウイルス名になってしまいます。
桑原桑原。

新型コロナウィルス

このタイトルではブログを書きたくありませんでした

観光地に店がある当社は影響大です。
お正月にこの騒動が重ならなかったことが救いだったと思います。
終息を待つばかりです。

ところで、東京オリンピックですが、いい口実ができたので
56年前に習い10月10日に開幕を延期するのが私の持論です。
アメリカのスポンサー企業に代わって中国の企業にもっと出資して
いただくというのはどうでしょうか。

先例に習うなら、80年前の再来で「東京オリンピック中止」もありか…

ここにウイルスの画像を入れようかと思いましたが、
止めておきます。

野村監督ご逝去

野村監督がお亡くなりになりました。
とても寂しい気がします。新聞に掲載された笑顔はとてもいい表情と思います。

私は子供のころから長嶋さんのファンだったので、長嶋さんが終身名誉監督
になるまでは、野村さんに印税を払ってなるものかと、小さなツッパリを
していました。その後起業の時期も重なり、著書をよく買って読むように
なりました。私のお勧めは「野村の実践論語」です。
昨日訃報を聞き、ペラペラと読み返しました。

野村監督の印象に残っている言葉はWBCの監督を原監督が受けた時に
「オレがヘッドコーチやったろか」とぼやいていたことです。
実現してたらおもしろかったと思います。

そして、野村監督と私の決定的で重大な共通点があります。
私はこうみえても、「生涯草野球、一捕手」です。

謹賀新年

明けましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします。

写真は高山の出初式です。高山店の前を行進していきました。
私も若いころは地元の消防団の団員でしたので心得があります。
役職は宴会部長でした。

ご覧のように消防団の足元に雪が全くありません。高山での雪のない
お正月は初めての経験です。
暖かくて、お客様も多くありがたかったのですが、ぬか喜びに違いありません。

夏の備えをしなくては…

10年日記

結婚した時に友人がプレゼントしてくれて、それ以来一日もかかさずつけています。今年で2冊目が終わります。
一日4行、入院した時は病室でつけました。高山店に数日滞在ですと持って出ます。

ところが!来年からの10年分を買いに行くと絶版になっていたことがわかりました。出版社は高橋書店といいます。
こうゆう商品を発売した以上、

「売れなくても会社が存続する限り発売するべきだろう!」

などと怒りを覚えましたが、自社製品でも、終売にした直後お客様から苦情をいただいたことを思い出し、心を鎮めました。

ところで、私の日記ですが、中学生からこれまで、会社勤めをしていた11年間を除き、ほぼ記録が残っています。
しかし、若いころの日記は、妙に正義感が強く、異性の名前が出たりして、恥ずかしくて、とても読めませーん。